義鶴の鉄扇ブログ 2008年11月
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2008-11-27

然さんのアクセサリー

禁煙も三日目に突入、辛さを書くと負けそうになるのでそれだけです;;

今日はリンクにも貼ってあるシルバーアクセサリーの然さんを紹介。

もともとシルバーは大好きでいろいろ集めたりしてたんですが、有名処を買ってもいまいち満足がいかなくて・・・
結局自分が欲しいものは自分でってことで銀粘土っちゅーもんを買ってリングを自作したわけです。
それなりに個性的なものができたので(写真一枚目)それ以来ずっとそれつけてたんですが・・・
やっぱり素人仕事ですし作りも甘い、そもそも本当に欲しいのは心をふるわせてくれる「和」なアイテムなわけですよ。

そんな時に出会ったのが然でして。 ハッキリ言いますが「和」をモチーフにしたシルバーでは作り、デザイン、インパクト共にナンバーワンです、ええ

しかも聞くところによると「然」ブランドを立ち上げた動機が「本当に欲しいものは自分で作るしかない」
だとか・・・ものすごく共感します。私も自作したことがあるだけに(ワックスもチャレンジしました。失敗して鋳造までいってないけど)完成度の高い優れた物を作るのがどれだけ大変か・・・尊敬します。

どこにでも売っているシルバーと比べれば若干お値段しますけどね、デザインやポリシーで売っていくブランドとしては結構安いほうです。もっと高くても買ったと思いますw
ちなみに今回買ったのは写真二枚目の「七宝リング」
なんと家の家紋にそっくりです。いずれこれをカスタムしてやろうと思っとります♪
今まではブランドのアクセサリーを見ても自分が作ったやつのほうが個性的でいいな~、つくりはひどいけどwなんて思ってましたが、ダメです。然のものには全てにおいて負けています(笑)
写真見ればわかると思いますけどね^^;

これからも買い足していくたびに披露すると思います♪次はたぶんペンダントトップだな・・・

和にこだわった最高の銀製マネークリップとか出してくれたら絶対買うんだけどな~w(独り言)

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2008-11-26

鉄扇

エピソード系のネタも少なくなり、次は何を書こうか・・・鉄扇への愛はいまだ健在、というよりありすぎるくらいですが・・・注文している鉄扇が届くのを待つばかりです。

とにかく今は鉄扇術が習える道場を探すのが最優先ですね。。
車で30分くらいのところに九鬼神流を習える道場があるのですが、、いかんせん鉄扇なんて体系化されているわけもなく、確実に習えるのかが不明です。そもそも剣術に付属する鉄扇術は打ちものとしてのものがほとんどで数種類~十数種類しか技?というか項目がない。
理想は古流柔術に伝わる鉄扇術や合気鉄扇なんですが、やはりこれもなかなかない。

ネットで探したところで見つかるわけもなく、そもそもマイナー武術もいいところですからね
とりあえず近場にある合気道場で習えるところを聞いてみようか・・・
2008-11-26

禁煙二日目

きついっすね・・・
2008-11-25

禁煙

突然ですが今日から禁煙にチャレンジします。
・・・・
2008-11-21

鉄扇術・基本中の基本

鉄扇術の技をいくら学んだとしても結果的に素手のほうが楽だ、という結論になってしまっては意味がありませんよね?なので武器があたかも自分の体の一部であるかのように自由自在に、とはいかなくても、その武器が手になじみ、手に持っていることに対して違和感を感じなくなるまでは基本練習が必要だと思います。
いくつかの資料からこれをやっておけばある程度手になじみ鍛錬になるもの(基本中の基本)を3つ選びました。うちひとつを今日紹介しますね♪




基本の① 外回しと内回し   1キロ以上の鉄扇でやると相当手首にくるので注意、いずれ写真か絵を載せますね


外回し

ポイント
手のひらを上に向け拇指と人差し指で握らずに、軽く挟むイメージで行う。
ポイントは鉄扇が前腕軸(前腕の中心部分を伸ばした中指の先端から肘詰の急所まで貫く想像上の軸)
を鉄扇が擦るように回転すること。脱力で回転させ最後の打ち込みの瞬間のみ、小指、薬指と拇指丘で強く握ることが重要である。

1 短刀を片手で普通に構えるように鉄扇を持つ。強く握らずに軽く包んで支える感じで。
  人差し指に力を入れないのがポイント。

2 人差し指と拇指で鉄扇を引っ掛けるように軽く挟んで、その位置で前腕軸を外側に回転させて鉄   扇の先端を下方に垂直にたらす。このとき鉄扇の先端は縦方向に弧を描くようにすること。
  けっして前腕軸に対して直角、つまり時計の針のように動かしてはならない。結果的に手のひらが  上を向くことになるが、最初からこの点を意識すると鉄扇の動きが時計の針状態になるので注意し  て貰いたい。

3 2で垂直に弧を描いて落ちた力を利用して、手のひらを前方に向けるようにしながら、前腕の外側を擦るように縦に振り上げる。このとき四指の向きは外側斜め上である。

4 地に対して大体平行になったら、小指、薬指、中指の三指と拇指丘による握り、手首のスナップを用いながら前方に打ち出す。インパクトの瞬間に手の内を思い切り締めることが重要。


今日はここまで^^;
2008-11-21

鉄扇術の定義



鉄扇術とは、その名が示すとおり、鉄扇を用いた技術を意味する。しかしここで紹介する鉄扇術は鉄扇のみならず、手慣らし、短棒、鼻捩、拉棒、なえし、手棒、鉄刀、鉄鉾、如意棒、卦算、十手等などを武器として使用する技術全体を総称して「鉄扇術」と呼ぶことをお断りしておく。
つまり「鉄扇術」とは一尺ほどの長さを持つ武器や鍛錬具などを使用して行われる武術的な技法群と定義しているのである。
2008-11-19

小野忠明と鉄扇

世間にひとりの馬鹿がいた。両国のあたりに「剣術無双。誰であろうと真剣で立ち会え。たとえ斬り殺されようとかまわない」と看板を出し、日々見物人が鈴なりになっていた。 この男を斬ることができずに、逆に木刀でしたたか殴りつけられた者は門弟となった。

 この男の評判が次郎右衛門の耳に入り、このような馬鹿を天下のお膝元に置いておくわけにはいかないと門弟を引き連れて見物に行くことになった。傍らから馬鹿の演じる技を見て門弟一同薄笑いを浮かべていると、それが馬鹿の知るところとなり、ひどく怒った。

「なにを笑うのか。あのとおり看板を出し、誰であろうと真剣でかかってこいと言っているのだ。いざ勝負勝負」

 彼の門弟があわてて袖を引いた。

「先生、相手が悪い。あれは将軍家の御師範、次郎右衛門ですぜ」

「たとえ御師範だろうが」

 馬鹿は一歩も引かない。次郎右衛門もこれだけ嘲られては武士の恥。仕方なく河原に降りて、

「かくなるうえは立ち会いつかまつろう」

 と、鉄扇を手にして立った。馬鹿は正眼に構え、ただ一刀と斬りつけた。一見危うく見えたが次の瞬間、馬鹿の眉間は鉄扇により打ち砕かれていた。この事件が大猷院様のお耳に入り、師範たる者の行動ではないとして遠流を仰せ付けられた

2008-11-19

近況

最近更新スピードが下がってます・・・なぜか?
侍道が面白くて空いた時間にはそれを優先しちゃってます^^;
武器に鉄扇があったら当分ブログは休止でしたね(笑)

今ちょいと考えていることがありまして、自分で木材を買ってきて練習用の木扇(木でできた扇子、開かない)を製作しようかと・・完成したら(するのか?)紹介したいと思います♪

なんだか芹沢さんのエピソードのせいで鉄扇の印象が悪くなりはしないか?と心配している今日この頃ですが・・・
また気を取り直して鉄扇術の内容?に徐々に入っていき、少しずつ紹介していこうと思います~
2008-11-18

芹沢鴨と鉄扇③

芹沢ら 角屋で酔って乱暴・・・
島原には揚屋(アゲヤ)と置屋(オキヤ)があり、揚屋は太夫・芸妓などを置かず、置屋から太夫・芸妓などを呼んで宴会を催すところ、高級な料亭で、各種接待の場でもあり、文化人や侍、豪商などの集うところでした。 丸山応挙や蕪村など、当時一流の画人の作品なとも残されていて、特に蕪村の「紅白梅図」の大作は重要文化財に指定されています。
 江戸中期の島原には、俳壇が形成されており、中でも角屋6代目・7代目の当主は蕪村・太祇らを師として俳壇の中核として活躍していました。
  幕末には西郷隆盛・久坂玄瑞などの勤王志士たちが軍用金調達のため、時の豪商をここへ招いて会談を行ったいわゆる接待所です。
 鴨居に残された刀傷は有名で、新撰組が斬り込んだ時のものだとされています。
新撰組の芹沢鴨が酔っ払って刀を振り回した時のもの、という説もあります。
角屋における新選組の話で最も有名なものは、酔った芹沢鴨が大暴れした事件である。発端は文久三年六月。水口藩公用方が会津藩公用方に「壬生の浪士は乱暴で、迷惑している」と述べた事に始まる。当然の事ながら、会津藩から芹沢鴨らに苦情が来た。

これに黙っている芹沢ではない。早速、永倉新八、原田左之助、井上源三郎、武田観柳斎に命じて、水口藩の公用方を連れてこさせようとした。

驚いたのは水口藩邸である。公用方を引き渡せば命は無い事ぐらい想像が付く。結局、平謝りに謝って、永倉らに詫び状を書かされて、その場は納まった。

しかし、この詫び状が問題であった。この事が藩公の耳に入れば、公用方の切腹は免れない。詫び状の返却を、二条通りに直心影流道場を開く戸田栄之助を通じて永倉新八に頼み込んできた。永倉としては「自分一人で決める訳にはいかない」として、隊士が全員集まって話し合える場所を提供するように求めた。「返す代わりに宴会を開け」という事である。こうして角屋で水口藩接待の宴会が開かれた。

詫び状は問題なく返却されて、百余名の隊士による大宴会となった。ところが芹沢が悪い病気を出し始める。言わずと知れた、酒乱の気である。そして、とうとう芹沢が暴れ出してしまった。

こうなっては誰も芹沢を止められない。鉄扇を振り回し、瀬戸物、膳碗、見境無しに壊し始めた。恐れをなして、隊士もたちまち逃げ出してしまう。現場に残っていたのは、永倉と土方だけだったという。土方の眼には芹沢が、如何に映ったのであろうか。

芹沢の暴挙は納まらず、廊下に出ては手摺を引き抜き、帳場の酒樽を叩き落とす。流し場に出ては瀬戸物を手当たり次第に叩き壊す。散々、暴れ回った芹沢は「角屋徳右衛門不埒によって」として七日間の謹慎を命ずる始末。更に一暴れした芹沢は、「まことに愉快」と、ようやく引き揚げたという。

この角屋で見せた芹沢の暴挙は、隊士達にとって忘れられない姿であったろう。

またある3名が彼と意見を異にした時、芹沢は3人を並ばせて次々と首を刎ねてしまった。また鹿島神社に参拝した時には常に持っていた愛用の鉄扇で拝殿の大太鼓を叩き破った。これをきっかけに江戸に召喚され査問を受け、党員らの首を刎ねた件に関しても届け出ていなかった為に死罪を申し渡される。

この時、死を覚悟して小指を噛み切ってちり紙に書いたとされる辞世の句が残っているが、清川八郎の献策(浪士隊)で大赦が行われたため出獄できた。

2008-11-15

鉄扇術が学べそうな道場?

居合道-柳新会
http://iai-dojo.jp/dojo/32.html

個人さん?
「古流 吉岡陰流兵法をやりませんか?
主に堺にて 場所は堺以外にも出向きます。
科目は 柔拳法、居合、杖術、鉄扇術、槍術、小大刀術、半棒術、懐剣術、手裏剣術など。呼吸法を重視する為、健康増進にも。年齢や性別に関係なく 強くなりたい人、今までの自分を変えたい人、一緒に頑張りましょう。
説明会はいつでも受付ます。
次回見学会は11月22日土15時~17時に堺市初芝体育館。詳細はメールにてOcnOk2417892p9c@ezweb.ne.jp」

渋川一流柔術 浅山一流棒術 貫心一見体術 難波一甫真傳流
「739-0321 広島市安芸区中野2-38-15
   TEL・FAX 082-893-0688
当流は安芸本傳渋川一流柔術を正しく伝授継承している。
  そのすぐれた柔、居合、棒術の三つを根本とした総合武術です。
  他に実手術、手裏剣術、鉄扇術等指南しています。
日時 13時30分~15時30分 19時~21時
  場所 中野公民館 中学校武道場
入会金3000円 月謝3000円」

1,松田敏美伝大東流合気柔術・長野県練心館

2,竹内智弘

3,〒382-0028長野県須坂市臥竜5-11-1臥竜ハイツ6号
 TEL・FAX026-246-5411

4,1、大東流柔術体系(秘伝目録の五ヶ条を主体とした軽護身
 術) 2、大東流合気柔術体系(一ヶ条の技と合気投を練る
 稽古) 3、実戦用大東流武術体系(護身用としての立ち技
 格闘技・総合格闘技)

5,長野市芹田(火曜日19時~21時) 須坂市(日曜日10時~12
 時) 中野市南宮(土曜日19時~21時)

6,一般向講習会 大東流鉄扇術一日講習(門人30000円・一般
 50000円) ※現在、長野県及び近県で支部活動をするための
 師範代稽古希望者を求めています。まじめでやる気のある方
 はご連絡下さい。

修心武道会
http://www12.ocn.ne.jp/~daitosha/index.html

大東流合気柔術 光道
http://daitoryuaiki.hp.infoseek.co.jp/

九鬼神流
http://tenshinhyoho.okoshi-yasu.com/denshukai.htm

九鬼神伝天真兵法
http://homepage3.nifty.com/huayan/hyoho.htm

古武道研究会
http://www.rak3.jp/home/user/heiseiryu/


また追加すると思います♪
2008-11-15

鉄扇愛

鉄扇を愛する私としてはもっともっと鉄扇について知ってもらうべく情報を載せなければ・・・
とりあえず今日は鉄扇術が習える場所等をあげていきます。ネット上の情報しかないですけど^^;
地元からそう離れていない場所に鉄扇術を一部学べる道場があるのですが。。いかんせんおまけ的なものなのでちょっと入門検討中です・・・もしかして鉄扇術そのものがおまけ的?いやいや、ちゃんと鉄扇術という確立された武術もあるんですけどね、ほとんど失伝しているらしいんですよこれが・・・(泣
2008-11-15

芹沢鴨と鉄扇②・③

角屋は芹沢鴨一派を暗殺するため、近藤勇たちが大宴会を開き芹沢鴨等を酔わせた所でも有名。京都上洛以来、主導権をめぐって争った近藤派と芹沢派両派。芹沢派には乱暴者が多く、隊の名を汚す行為が目立ったため、京都守護職からの密命を受けた近藤派が静粛を行ったというのが一般的である。芹沢鴨は角屋で客扱いに腹を立て、自慢の鉄扇を振り回して食膳などを叩き割るなどの業を行っていたとされる。泥酔状態で八木邸に戻った芹沢らが暗殺されたのは1863年9月16日の大雨の夜のことであった。
角屋を出て更に西に進むと西門跡。島原には東門だけでなく西大門もあったが、昭和52年の交通事故により全壊、門柱のみが復元された。しかし平成10年再び交通事故によって壊れてしまう。極めて最近のことだけに惜しまれる話である。現在は石碑が立つのみである。

浪士組が中仙道を京に向け出発したのは2月9日のことで、その日板橋についたところで大休止となった。ここで先番宿割役の近藤らは一足早く宿泊予定地である本庄に向かった。
この時、近藤の手違いで三番隊の組頭・芹沢鴨の部屋割りを落としてしまった。
激怒した芹沢は、本庄宿の真ん中に古木材を集め、天を焦がさんばかりの大焚火を始めて、本庄宿の者を恐怖に陥らせた。近藤は芹沢を先生、先生と崇め奉って、手落ちを謝ったが芹沢は聞き入れず、火を消すようにとどなりこんできた宿役人を鉄扇でなぐりつけて気絶をさせるなど、やりたい放題だった。芹沢の大鉄扇は目方が300匆もあり、「尽忠報国の士芹沢鴨」と刻印してある自慢の品であった。
結局芹沢の部屋を新たに設けて案内すると、「三番組」という宿割り札が気に入らぬと言って一番札に書き直させて、部屋に入っていったという。
この芹沢は後に新撰組局長となるが、水戸の天狗党出であるのを鼻にかけた我侭っぷりによって自ら死を招くことになる。
2008-11-14

侍道

予約してた侍道3、今日買ってきました。
まだやってないんだけどすごく楽しみw

追記
2時間ほど遊んでみたけど、マップが広くてまだ慣れてないな・・・道覚えないと^^;
使える武器になんと「無手」が登場!(素手)
調子に乗って素手で戦ってたら殺されました(笑)
2008-11-13

後藤又兵衛と鉄扇。

関ヶ原合戦で「黒田長政」は、東軍徳川方に参戦。
合渡川の戦いでは、又兵衛の作戦により、
一番乗りの戦功を立て、筑前五二万三〇〇〇石の大封を与えられた。
そして又後藤又兵衛も大隈一万六〇〇〇石を封ぜられた。
外面的に見れば両者の仲は、うまくいっているようにみえた。
しかし長政は朝鮮の役での遺恨の矢を、意外なかたちで放ってきた。


又兵衛の次男左門基則は若年十二歳なれど、長政の小姓として福岡城に上がっていたが、
一日、能楽を催した長政は、不意にこの左門に小鼓の囃子(はやし)を命じたのだ。
慶長十一年早春のことである。
左門は小鼓の上手として知られていたが、即座に辞退した。
武士たる者が、能楽師の引き立て役にされることを屈辱としたからである。
が、長政は辞退を許さず、やむなく囃子を務めた、しかし左門は心おさまらず、
父の居城である筑前小隈城(ちくぜんおぐまじょう)まで、五里の道を馬をとばして駆け戻ったのであった。

「無断で脱出して参ったのか、してその訳は?」
黙って理由を聞いた又兵衛は一言、
「下がって休むがよい。」と命じた。
しかしながらこれはゆゆしきことであった。
左門にとって主君長政のもとを無断で立ち去ったことは、
自身の命ならずも、一族郎党すべてに重大な影響を与えるからである。
天守閣を立ち去った左門は、自らの命と引き替えにこの責をとろうとしたのであった。
あわや切っ先を、腹に突きたてんとしたその時である。
背後から鉄扇が降って、懐剣をたたき落としたのであった。
「うつけ者、たった一つの命を粗末にするでないぞ。」
左門のまえにどっかと胡座をかいた又兵衛は、
「君が君たらざれば、臣は臣たる必要は、みじんもなし。
たしかにこの又兵衛、幼少の頃より、如水軒(にょすいけん:黒田孝高)様にひきとられ、
世子長政殿と同様に育てられた。その高恩は、海よりも深く、山よりも高い。
その為今日まで、一身をなげうって黒田家のために尽くしてきた。
すでに充分な働きはなし得たと心得る。
さればたかが、一万六〇〇〇石の陪臣の座など、弊履として抛り捨てるに一片の悔いもなし。
明日はこの小隈城を立退いて、天下の山野を家といたそうぞ。」
そう云いはなって、高らかに笑った。
翌朝、父子ともども黒田家を立ち退いたのであった。



2008-11-13

小太刀ノ半七

二代将軍秀忠の時に、小太刀半七という剣法の達者が鉄扇をもって仕合をすることに妙を得ているということを秀忠が聞いて、それには何か特別の術があるかと尋ねて見た処が、

「別に何の術もございませぬが、仕合を致しまするときに、何となく面白い心持が致すのが極意でございます」

 と、返答をしたので、秀忠が大いに感心して云うことには、

「すべて戦などに臨んでもその通り、面白しとさえ思えぱ恐しいことはなくなって、謀も自から出て来るものである、聊かの争いにも心が迫って顛倒するところから手ぬるくなっておくれをとるものだ」と云われた。 (三河之物語)

大分鉄扇のエピソードも増えてきましたね、いずれはまとめなきゃまずいかな?
2008-11-13

真田信之と鉄扇

真田信之は真田幸村の兄で稲姫の夫。
多くの武将達の興亡を見て来た「最後の戦国武将」。
初名は信幸だが、関ヶ原戦以後は信之と改名した。
初陣は1585年の上田城の合戦。
弱冠19歳でありながら、天下の徳川軍を翻弄した。
1589年には駿府城の家康に出仕。
その剛胆振りを見せつけるエピソードがある。
「稲姫の夫となる人物を選ぶ席に、信幸以下多くの大名の子弟が呼ばれていた。
 平伏している若侍達の髷を掴んで、顔を上げさせて品定めをする稲姫。
 屈辱ではあるが、徳川重臣の娘には逆らえない。
 ところが、信幸だけは持っていた鉄扇で稲姫の手を払った。
 稲姫は信幸を気に入り、信幸に嫁ぐ事を決めたと言う」
家康の養女であり、忠勝の娘である稲姫を娶った信幸。
以後は徳川家家臣として組み込まれて行く。
そして1600年の関ヶ原。
父弟とは袂を分かち、東軍に参陣。
徳川秀忠の下で、上田城で父弟と対峙する事に。


立花道雪の話と通じるものがありますねw

2008-11-13

近藤勇と鉄扇

富沢家に近藤勇の使った鉄扇が保存されている。
□ 当時の当主富澤政恕と近藤勇とは天然理心流の同門であったばかりでなく、勇が調布上石原村の宮川家から江戸牛込の試衛館道場主近藤島崎周助邦武と養子縁組した際、その仲人役が政恕であった。調布から出て鎌倉街道を小野路の小島家へ行く途中の関戸の渡しを渡った処に富澤家がある。近藤周助邦武は小野路の先の現在は町田市の小山村三ツ目の島崎家の出身であった。

□勇が京都で新選組局長として活動していたとき、たまたま政恕は連光寺知行主の旗本天野孫左衛門と京都へ行って近藤を訪問した。二人を迎えた勇のもてなしは大変なもので、帰府の見送りには一隊を添えて伏見まで出て決別を惜しみ、そのとき記念に贈られた鉄扇であるという。扇面には「勢欲飛 宮闕衛士近藤書」とある。宮闕とは禁中・宮城のことである。「幕臣」としての近藤勇は、幕府が最後の拠り所とした公武合体論をその思想的根拠として、討幕論者を容赦なく取り締っていたことを、その扇面は語っている。


2008-11-13

柳生十兵衛と鉄扇。

降るたびのつもらぬ先に払えかし雪には折れぬ青柳の枝

 講談「伊賀の水月」(邑井貞吉)より。剣豪・柳生十兵衛の持つ鉄扇(開いてあおぐための扇ではなく、武器の一種)に刻まれた歌。彼が弟子の丑之助(荒木又右衛門)に与えた鉄扇には、

鳴滝の夜のあらしに砕かれて散る玉ごとに月ぞ宿れる

 とある。これらは極意をこめた歌であって、正確な意味は解釈できない。できれば私も剣豪である。雰囲気を味わうべし。

一歩は低く一歩は高く、蹌々踉々たる千鳥足

 これも講談「伊賀の水月」より。酔った人(これ以外では、たとえば義士銘々伝の赤垣源蔵)の歩く様子を形容する常套句だが、落語だと「あっちへよったり、こっちへよったり、よったりよったりではったり歩行」(赤垣源蔵・三代目圓遊)などという。

柳生十兵衛
2008-11-13

明智光秀と鉄扇;;

かわいそうな情報を見つけてしまった・・・以下明智光秀の信長に受けた仕打ちの数々。


光秀の主君の信長は短気で苛烈な性格であったため、光秀は常々非常な仕打ちを受けていたと言われている。



・信長に酒を強要され、下戸の光秀が断ると「わしの酒が飲めぬか。ならばこれを飲め」と刀を口元に突き付けられた。



・同じく酒席で光秀が目立たぬように中座しかけたところ、「このキンカ頭(禿頭の意)」と満座の中で信長に怒鳴りつけられ、頭を打たれた。



・丹波八上城に人質として光秀の母親を預けて、身の安全を保障した上で降伏させた元八上城主の波多野秀治・秀尚兄弟を、信長が勝手に殺害。激怒した八上城家臣は光秀の母親を殺害してしまった。



・光秀が苦労して用意した家康の為の接待料理を、「腐っている」と信長に因縁をつけられ捨てられた。



・甲斐信濃大名武田勝頼征伐の際に、信濃の反武田派の豪族が織田軍の元に集結するさまを見て「我々も骨を折った甲斐があった」と光秀が言った所、「お前が何をしたのだ」と信長が激怒し、小姓の蘭丸に鉄扇で叩かれ恥をかいた。



小姓の蘭丸に鉄扇で叩かれ



小姓の蘭丸に鉄扇で叩かれ



小姓の蘭丸に鉄扇で叩かれ


2008-11-12

武田家と鉄扇。

かの信玄公で有名な武田家。どうやら鉄扇なども所有していたようで・・
まあ、武家なら鉄扇の一つや二つあって当然かな・・・?
武田信玄の弟信繁ゆかりの寺に所蔵されているとか。
典厩寺は、元々鶴巣寺といったが、川中島合戦から約60年後の、元和8年(1622)に松代藩主の真田信之が武田典廐信繁の名をとって寺号を典厩寺と改め、信繁の菩提と武田・上杉両軍の戦死者を弔った。

真田信之の父である真田昌幸は、武田信繁の大ファンで、次男(信之の弟)に信繁とつけたほど。その真田信繁は、幸村という名前の方で有名だが、大阪の陣で敵味方から賞賛される見事な戦いの末に討死している。よく考えると縁起が悪い名前かも?

山門の傾いた武田菱の下をくぐると、かつての料金所?の向こう左手に、首清めの井戸がある。

信繁の首を洗ったという石を丸くくりぬいたような小さな井戸がある。井戸にしてはとても小さい。上には網がかかっていて、中は植物が覆っている。

右手には、川中島合戦記念館。寺に誰かがいれば、言って200円を払うと中に入れてもらえる。

中には、信玄や信繁、山本勘助の絵や、信繁が着用した鎧・刀・槍の柄、謙信の鉄扇などが置いてある。だが、かなり傷んでおり、保存状態が心配。武田信玄

2008-11-12

芹沢鴨と鉄扇。

戦国じゃないけど、芹沢鴨。あの新撰組のお偉いさんですね^^
なにやら立派な鉄扇を愛用していてもはやトレードマークになっていたとか♪
この人にも鉄扇に関するエピソードがいくつかあるのですが、そのひとつを紹介。


文久三年当時は水戸、長州が尊王攘夷派の急先鋒であった。
一方相反する勢力も多数いた。薩摩や会津である。
こういった勢力争いが激化した結果、文久3年の8月18日、とうとう大政変が起こった。
当時朝廷は三条実美らの攘夷急進派が主導権を握っていました。彼らは長州と結び、外国に門戸を開けてしまった幕
府を倒して天皇の親政を実現すべきだと考えていました(水戸は御三家であったため倒幕ではなく敬幕のため公武一
体)が、当の孝明天皇はむしろ朝廷と幕府が協調していこうという公武合体派でした。
そこで孝明天皇は中川宮に密令を出します。

8月18日深夜1時。中川宮、近衛忠熈、二条斉敬、松平容保、稲葉正邦らが密かに参内、御所の門は全て固く閉じられ
て会津藩・薩摩藩らの兵によって厳重に警護されました。

そして、その中御前会議が開かれ、攘夷急進派の公家の参内停止と謹慎、長州藩の堺町門警衛解任などが議決され
ました。異変に気づいた三条実美らが駆けつけますが中に入ることはできず、長州兵もいそぎ堺町門へ行きますが会
津藩の兵とにらみ合いになったまま近寄ることはできませんでした。

諸藩は合同して、一斉に禁中の警備にあたって長州を禁中に入れないようにし、併せて、長州の宮中守護の役を解
き、事実上一気に長州を京都から追放しようとしたのだ。
 8月18日深夜、この時浪士組にも出動命令が下った。総勢52名の隊士達は勇んで、すぐさま隊伍を組んで出発し
た。しかし、蛤御門に着いてみると、会津藩の兵士達が門の内に通そうとしない。どうやら、浪士組のことが端々まで伝
わっていなかったようである。会津藩の兵達は、終いには槍ぶすまを作って抵抗を見せる始末。と、そこへ颯爽と現れ
たのが芹沢鴨。彼は自慢の鉄扇で、五寸余り離れたところで突き付けられた槍の穂をぱたぱたと煽いでみせ、気を張
り詰めている会津藩兵達に向って大胆な行動をとったのであった。この堂々とした心憎い演出は、まさしく芹沢の剛胆
を顕著に裏付けるもの。兵達もさすがにその勢いには呑まれてしまったという。

 この後誤解も解けて浪士組は無事その職務を遂行することができ、その後恩賞にも預かり、浪士組の名声は一挙に
高まった。ちなみに、「新選組」の名が公式な文書の上にあらわれるのは、この政変の時からである。



2008-11-12

立花道雪と鉄扇。

立花道雪って知ってます?戦国好きなら知らぬものはいないほど人気のある武将なのですが・・・

足が悪く半身不随でありながら愛刀雷切を振るってほとんどの合戦に勝利を挙げた名将
彼は元々大友宗麟という大名に仕えていたのですが、その時のエピソードになんと鉄扇がw

以下に記載します~

ある時、宗麟が凶暴な猿を手元に置き、これが家臣に飛び掛るのが面白くて何度もけしかけた事があった。これには家臣も辟易し、大変困り果てた。これを聞いた道雪は、他の家臣と同じように宗麟の前へ出向いた。案の定、宗麟が猿をけしかけてきたので、道雪はこれを鉄扇で叩き殺してしまった。驚く宗麟に「人を弄べば得を失い、物を弄べば志を失う」と諫言したので、宗麟は大変反省したという。

イイ!

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2008-11-12

鉄扇術関連本

半棒術・十手術・鉄扇術(武道選書)


鉄扇術を取り扱った貴重な本の一冊ですね。
鉄扇術の占める内訳は3割程度と少し物足りませんがその他の技術も鉄扇に応用できるものばかりですし、なにより私が知る限り鉄扇術の技術を記した本は2冊しか存在しないので評価は星4つです。
結構オススメです♪

欲しい方は左下にリンクとして貼っておいたのでどうぞ^^
鉄扇術って何?と興味を持った方のために紹介しておきますねwレビューも書いときました♪
これも私自身購入したものですが、なかなかいいものです。私なんぞが語るよりも得るものはあります。今現在ネット上で買える鉄扇関係の本はこれだけだと思います。合気鉄扇術の本も存在するのですが再販待ちとのことですので、本当自分が手に入れられたのが幸運というか・・・^^;
2008-11-11

鉄扇、読み物②

さらに以下別の引用文


骨の部分が鉄製の扇子。
鉄扇術は大東流の裏技ともいうべきもので、
大東流の古い師範の中には、鉄扇術のみを体系化して本を著した方もいます
(市販はされてませんが)。
 
この鉄扇で大東流の技を極められると「死ぬほど痛い」というより
「死んだ方がまし」と思うほど痛いです。
昔、私の弟子に実戦空手とボディービルをやってる者がいましたが、
彼のような筋肉マンでも鉄扇で技を極められると思わず涙が出てました。   
 
弟子に鉄扇術を教えるときは「本気で極めるなよ」と言うことにしてます。
技を掛けられたときに師範が涙を流したらみっともないですもんね。


鉄扇は親骨の形状(扇を閉じ横から見た形)から大きく三種類に分かれます。
①「扇子型」 一般的な涼をとるために風を送る型
②「舞扇型」 能や狂言などで使用する型
③「軍扇型」 戦場で指揮用に用いた型
更に機能的に分けると
A「手慣らし型」 全体を扇の閉じた形なりに鍛造した鉄製の物
 (鉄鋳物製や真鍮製・木製(ナシエ)の物も有る)
B「面張り型」 親骨だけ鍛鉄製とし中骨に扇面を付けて普通の
  扇子と同じように開閉式の物
実際に鉄扇術として用い、攻防戦の武器としては
A「手慣らし型」が向いており 刀や棒に対抗出来て平素護身用に
  携帯することで手首の鍛錬にもなります。
◎いざと言う時の、護身用具しての鉄扇代用品としては、同じ長さ
(約30センチ位)二段式の折りたたみ傘とかマグライト活用出来ます。
◎合気鉄扇術 
 合気系武道の修行者  鉄扇術のメリット&デメリット
 関節技で攻める際ポイントが多少ずれても鉄扇を使用すれば効果が出るが、
 ポイントを覚える修行にならないそうです。
 剣術の修行者 鉄扇術のメリット
 狭い場所で、刀・竹刀・木刀等が振れない時でも 手の内の締めや小手及
 び腕の力・力の集中の鍛錬や訓練に役立つそうです。


ふむふむ、勉強になりますねw先日購入した本にも同様のことが書かれていたんですが、いや~やっぱりコピペは楽ですな♪

すいません、面倒くさがりで。。。精進します^^;
2008-11-11

鉄扇・読み物、サルベージ

今回は私がアホみたくネット上をあさって見つけた鉄扇関連の記述を「おっ」と思ったものからいくつか紹介しますw
どこぞの先生やらの文だったとかがあるんですがあまり覚えていないもので・・・そのうち出典も添えておくんで^^;

これより下引用


さてお立ち会い!! 鉄扇術については以前も「秘伝」で少し触れましたが、これに使う鉄扇につ
いて少しだけ書くことにしましょう。

 鉄扇は大別すれば普通の扇子のように開閉可能のものと、開閉不可能な扇子型の鉄の棒タイプのものがあり、前者は武道具店などでも見ることが出来ます。後者に関しては、現在ではほとんど新しく作られてはおらず、骨董品を探すしかないのが実情です。鉄扇術の稽古では樫材を削った木扇を使っていますが、本物の鉄扇とはどうしても質量が違います。しかし鉄扇術とは、元々は鉄扇を使うことを前提として技が構成されていたのではないか? という疑問が以前からありました。
剣の技術が本身または同じ質量の物を使うことで、初めて本当の動きが見えてくるものですが、鉄扇も同様ではないのかと考えていたのです。剣は斬ってみて、銃は撃ってみて、初めてその性能がわかるのなら鉄扇もまた然りではないかと。

 ところが、市販されている開閉型の鉄扇は、どうしても要の部分が弱く、打ち物としては実用には耐えられないのです。当然、稽古用にも適しません。そこで鉄棒タイプの鉄扇にどうしてもこだわったのですが、これがなかなか良い物が見つからなかったのです。
 今般、縁あって知己を得た刀匠の先生にお願いして、鉄棒タイプの鉄扇を作って頂きました。完成した鉄扇は長さ一尺、重さ980グラムで、ほぼ本身一本分の玉鋼を使用されたとのことです。早速これを使って鉄扇術の稽古を始めましたが、案の定、これによっていくつもの発見がありました。

 まず一つは、剣術が本身の質量を存分に使うのと同様、鉄扇術も鉄扇の重さを利用して技を掛けるということ。ここは木扇や短棒を使ったのではわからなかった領域でした。短棒術(ヒシギ)の場合は、締めるようにして逆手や急所を攻める使い方が多く、それはそれで優れているのですが、鉄扇の場合、特に鉄扇を以って合気を使う場合は、軽く添えたり引っ掛けたりすることによって崩す方が鉄扇の長所が発揮されることがわかったのでした。

 ここにおける、鉄扇の質量を利用した技術の基本となるのは、要するに合気揚げと合気下げです。具体的には、鉄扇を持つ手をつかんでもらい、鉄扇を相手の手首の外側に軽く添えるようにして合気揚げを行なうのです。この時に鉄扇は手の内に遊びが出来るくらいに軽く持ち(ちょうど生卵を持った感覚)、通常の合気揚げと同様に背筋を伸ばし、上半身の力を充分に抜きます。こうすると、通常の合気揚げの上達にもつながります。

 そして、もう一つは鉄扇をつかまれた状態での合気技法です。これも木扇や短棒よりもずっと合気揚げや合気下げがやりやすく、尚且つ徒手技法の上達につながるのです。ついでながら念のために書いておきますが、合気揚げは「拇指の先端を始点にして掌で縦に上向きに円を描く」とか、合気下げは「小指の先端を視点にして掌で縦に下向きに円を描く」という俗説がありますが、断言してもいいけ
ど、それだけではかかりません。なぜなら、それだと肩から先しか動かないからで、本当に大事なのは体軸の使い方なのです。もっとも、この点は合気の核心であるが故に一番教えたがらない部分であり、師範を名乗っている人でも実際には知らない人の方が多いと見ていいでしょう。「極意とは、おのがまつ毛の如くにて、近くにあれど見つけざりけり(by宮本武蔵)」とはよくも言っ たりで、合気もまた然りなのです。





 鉄扇と言えば、大東流では吉田幸太郎師範が鉄扇術を得意とし、半身不随となった後も手裏剣術と鉄扇術の鍛錬だけは欠かさなかったとのことです。吉田師範が生前に使っていた鉄扇も、やはり鉄棒型のものでした。往時、吉田師範が地方で講習会を行なった時の話ですが、地元の柔道家数人に「大東流がなんぼのものだ。俺たちと勝負しろ」とばかりに挑まれ、吉田師範が腰の鉄扇を抜いて「やる気か!」と怒鳴ったら、あまりの気迫にびっくりして逃げ去ったということです。こういう対応は兵法としては当然で、格闘技としては卑怯ということになるのでしょう。そういえば以前、大気拳の島田師範が「たまには人を脅かす稽古も、武術としては必要だと思う」と語っていたけれども、兵法としては確かにそうかもしれません。閑話休題。
また鉄扇ではないけれども、生前の武田時宗宗家も長さ一尺ほどの鉄の丸棒 を身近に置いて、常時それで鍛錬していたそうで、してみると、合気と鉄扇とは剣術同様、かなり有機的なつながりがあると見るべきでしょう。詳細は研究を重ねているところですが、合気の上達につながるのは確かです。


いやいや、読み応えのある鉄扇文です(何
なんかこう、読んでいると鉄扇への愛情が育ってきます^^

2008-11-11

鉄扇の魅力

すご~く主観的な鉄扇の魅力を語ってみようと思います。
まず、鉄扇というのは形が扇子なわけですね。。粗悪な品はいざ知らず、質のいい鉄扇は迫力、美しさともに持ち合わせまさに日本男児wなら心動かされること間違いなし(主観)なわけですw
日本の伝統的な文化ともいえる「扇子」。その「和」な雰囲気と鉄の「重厚感」。涼をとるために仰ぐ行為でさらに汗がふきだすという不条理さ、まさに「粋」(笑)
さらに別の要素として。。私は「武道」「武術」等の言葉にも非常に弱く、しかもそこに珍しさを求めてしまうのです・・・
探してみたらあるじゃないですか、「鉄扇術」!なんと魅力的な響き・・・♪

考えてみると護身術として最も適しているのはこれなんじゃないか?という思いが強まるのです。
最近は物騒な事件が多いですよね、月並みですが・・・w秋葉原のあの事件なんか思い出すだけでゾとしますわ^^;
ナイフを突きつけながら迫る犯人・・・ものすごい恐怖でしょうね、足がすくんでしまいそうです;;
何か手にあれば少し、ほんの少しは冷静になれそうですが・・・木刀?ナイフ?文鎮?(笑)
どれも現実的じゃないですよね・・・・?そもそも職務質問で捕まってしまいます^^;剣道や棒術、杖術等を学んでいる人も多いと思いますがなかなかその得意の獲物を持ち歩くのは難しいですよね?
空手、ボクシング、キック、合気道や柔術、素手で戦う技術も多々ありますが、有事の際、さらに相手が刃物などを持っているときに冷静に対処できるだけの腕を持つ人がどれだけいるでしょうか?相手はこちらを殺す気満々で頭のねじが取れている・・・恐ろしい;;;
私もしばらく前までは熱心に空手を学んでいましたが・・・はっきりいって自身ありません(--;
せめて逃げるためになにか安心が欲しいところです。そんなことを常々考えていたのですが、その答えがこのブログだったりします。

質のいい鉄扇は強度、重さともに申し分なく普段は扇いで使え、オシャレアイテム(笑)になる可能性も秘めています。
私がいろいろ探した結果一番質のいい鉄扇を扱っているのはリンクにある春吉さんというお店です。一度ご覧になってみてください♪今回特注鉄扇を注文したのもこの春吉さんですw
アドレスは http://www5f.biglobe.ne.jp/~kyoto-fan/ ですw

話がそれましたが、鉄扇の威力というのもなかなかのものです。普段から持ち歩き、使用しているだけでもそこそこ速く振れるようになると思いますが、しかり振って手の甲に当たれば良くて打撲は免れないしヒビ、骨折でも容易いです。
暴漢にはかなりの効果を発揮するかも?

そしてなによりいいのが、粗暴なものに見えにくく、銃刀法違反などに抵触しにくいというところ。
いい鉄扇を持っていれば「うちの家宝」「普通に扇子として使っているし、手首の鍛錬にもなる」
これで十分です(笑)

私は普段から持ち歩いていますが、他人に威圧感を与えたり武器として認識されたりすることはまずありませんよ^^b



長くなりましたね、今日はこの辺で。またなにかあったら書きまくっちゃうかもしれませんが^^;
2008-11-11

鉄扇とは

鉄扇とはなんぞやという話ですが・・・元々は武士が帯刀できない場所(上司への拝謁時や茶席で?)で突然の事態(刃傷沙汰?)に対応するために持ち歩いていたとか。。そんな話を大分前に目にしましてね。。武士なんて私の大好物ですし和風のものに目のない私は即座に興味を持ちましたよ、ええw

丈夫で重く、重厚な外見の鉄扇。渋いじゃないですかb

以下購入した本に書いてあった「鉄扇」の説明です。ちょっと文章が硬いですが我慢してくれw

古流武術家にして古流武術の研究者である山田寛先生によれば、鉄扇には大きく分けて2種類あるとのことである。ひとつは、一般の扇子と同様に開閉が可能なもの。
閉じたときに両外側に位置する鉄製の親骨、紙が張られている中骨、そして扇面(紙や布が張られた部分)の3種類の部位から成る。
現在、町場の武道具店では2万数千円から3万数千円の値段で売られている。
もっともめったに売れないのでショーウィンドウの飾りと化すケースが多いとのことだが・・・
もうひとつのタイプは、扇子を閉じた形をした総鉄製のもので、もちろん扇子のように開くことはかなわない。
小手の鍛錬や護身具としても用いられた後者のタイプは、厳密に言えば鉄扇ではなく、手慣らしという呼称が一般的なようである。
武道具店を覗いてみるとわかるが、現在最もよく目にするのは主に鋳鉄製の勝扇と呼ばれるものである。
剣道家が手首の鍛錬に用いることが多いため、わりとよく売れるとのことである。また、同様の形をした木製のものは、多少値は張るが、木扇の名で販売されている。

以上


これからどっかからサルベージした鉄扇の説明や話を随時増やしていきますねw
次は自分なりに考える鉄扇の魅力について話したいと思います♪
2008-11-10

鉄扇いろいろ

手慣らし
以前ヤフオクで安物の鉄扇と手慣らしを手に入れたのですが、特にて慣らしのほう、やばいくらい重いです・・・1,5キロ!ノーマルな構えから逆手に持ち変える動きとかを練習しても重すぎて困難です。。。
そういえばつい先日特注の鉄扇を注文したんですが、なんとお値段13万円!!!!待ち遠しいものです♪

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2008-11-10

本を購入

鉄扇術
鉄扇術関連の本を二冊購入。
半棒・十手・鉄扇術の本と水越ひろ合気鉄扇術。
後者のほうは絶版になっているものらしくなかなか貴重。その上ボリュームも抜群。
いい買い物したな~

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2008-11-01

買い物

鉄扇 2
鉄扇
練習用の手慣らし鉄扇のほかに注文してた安物の鉄扇が届きました。
画像はのちほどあげます~
金蒔絵シール?とやらで飾ってみました

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プロフィール

義鶴

Author:義鶴
鉄扇術・手裏剣術を中心に武術に関しての記事を書いていきます。
特に鉄扇(武具?)に関しての興味が尋常ではないので同好の士、アドバイス、情報提供、鉄扇の種類等逆に聞きたいことがある方はどんどんご連絡くださいませ。
連絡先 tessendou@yahoo.co.jp
日本舞踊藤間流   藤間朱位 門下
表千家       池田十三 個人門下
都山流尺八学会   安島瑶山 門下
根岸流手裏剣術   本部早坂道場門人
明府真影流手裏剣術 門人
日暮里誠道館手裏剣術研究会(無流派)会主
群馬県大泉手裏剣術研究会 (無流派)副会主
春日部手裏剣術稽古会   (無流派)会主
日本古武道振興会      会員

和に関連する活動に関して列記しました。特に素性は隠さない方針です。本名を書き込んだりはしませんが、気軽にご連絡ください。

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鉄扇術関連書籍
合気道の技を軸とする鉄扇術の技法が載っています。私が稽古している内容に近いものも数多く収録されている非常に貴重な本です。相当昔になりますが、購入時も品不足が激しく正直馬鹿らしい値段を出して買う羽目になりました・・・
オススメ鉄扇関連商品
私義鶴が監修して完成させた稽古用・実用向きの勝扇です!もともと販売用ではなく私自身が自分のために設計し地元の伝統工芸士の方に依頼したものですが、このたび「鉄扇堂」から販売されることになりました! 材質と製作難易度が高いため値段もそれなりにしますが、鉄扇術をやっていて市販の稽古用木製勝扇では満足できないかたのみお試しください^^いわゆる普通の人にとってはやたら高く感じるはずです。私は黒檀の丈夫さと質感に満足していますが^^(ちなみに私が使っている最初の一本はこの値段の3倍くらいとられました・・・ 材料の本黒檀が値段もさることながら一本の勝扇に仕上げるだけの大きさを入手するのが困難らしく、業者としては売る意味がないくらい在庫難だそうです(いわゆる黒檀風の練り物は除く)。興味のある方は是非^^
稽古用高級勝扇
上記の本黒檀の系列で、縞模様の入った縞黒檀製です。材質が1ランク落ちるため若干安くなっています。本黒檀ほどではありませんが材料入手が難しいため在庫は極端に少ないはずです。
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